福岡ひびき信用金庫(本店、北九州市)が門司港にある自社所有のレトロ建築を解体撤去している。建物は1930年に旧門司信用組合(後に門司市信用金庫、門司信用金庫)の本店として建設されたもの。昭和20年代の改修増築により関門国道トンネル開通の願いを込めたトンネル風の玄関を持ち、門司港レトロの近代建築の中でも異彩を放つ存在だった。
門司信用金庫は2003年に新北九州信用金庫、直方信用金庫、築上信用金庫とともに福岡ひびき信用金庫に大同合流し、この時に門司信用金庫本店は福岡ひびき信用金庫門司港支店に降格した。福岡ひびき信用金庫は2008年4月に街外れにある門司港支店を栄町に新築した似非レトロに移し、以降、貴重な昭和レトロは空き家になっていた。
門司港支店の移転に関しては、立地条件が建設当時と比較して悪くなったのだから、やむをえない側面があった。「西部の中枢拠点」だった戦前と比べると、門司港の街は相当に小さくなっている。当時の街なかは、現在では街外れだ。建物は倉庫として再利用するのか、斜め向かいのNTT門司営業所(1924)のように市民に開放するのかと考えられていた。
似非レトロを新築すれば、本物のレトロは不要なのか。立地が問題なら、同時期に解体撤去された西日本シティ銀行門司港支店(1951-2008)を譲り受ければ、一方を救えたはずだ。地元に門司港レトロ倶楽部やレトロ基金委員会が存在しながら、解体の危機に瀕した重要な近代建築を同業者に斡旋する機転すら利かなかったのが残念でならない。
門司港では、明治屋門司営業所(2005年撤去)、旭湯(同)、大分銀行門司支店(2006年撤去)、西日本シティ銀行門司港支店(2008年撤去)、日本セメント門司事業所(同)など、レトロの街づくりが聞いて呆れる近代建築の破壊が相次いでいる。地域と共に歩むはずの地元金融機関までが破壊に加わるのでは、門司港レトロの街づくりが完全に信じられなくなりそうだ。