「関門地域の未来を考える研究会」の第二回会合が下関市で開催される。日時は2008年4月18日の10時~12時。場所は日清講和条約の会場として知られる春帆楼の「鳳凰の間」。出席者は同研究会の構成委員8名。手立てを講じなければ国土形成計画によって分断が固定化される関門地域のあり方について意見交換する。
構成委員は、下関市側が林孝介(下関商工会議所会頭、サンデン交通取締役社長)、福田浩一(中国経済連合会副会長・関門連携委員会委員長、山口銀行取締役頭取)、坂本紘二(下関市立大学学長)、江島潔(下関市長)の4名。北九州市側が重渕雅敏(北九州商工会議所会頭、TOTO代表取締役会長)、藤井康雄(九州経済連合会副会長、新日鐵八幡製鐵所長)、矢田俊文(北九州市立大学学長、国土審議会委員、九州地域戦略会議・第二次道州制検討委員会委員長)、北橋健治(北九州市長)の4名。
「関門地域の未来を考える研究会」の第一回会合は2007年12月18日に門司港ホテルで開催された。構成委員は下関市側が4名とも関門特別市の推進派で、対する北九州市側が4名とも反対派・中立派。関門特別市は数の論理から言えば北九州市側に利益が多い。北九州市側が呼びかけておいて、下関市側が賛成、北九州市側が反対の布陣には極めて強い違和感がある。北橋健治市長は途中退席して副市長に代理参加させるなど、初回から関心の薄さを見せつけた。
北九州市側からは座長を務める矢田俊文氏が「自分は九州第二次道州制検討委員会の座長、広域地方計画の有識者会議の委員長も勤め、関門の座長になるのは多少戸惑いもある」と中立を表明したほか、反対派の急先鋒、重渕雅敏氏が「北九州には福北連携もある。九州道成立後の関門連携をどうするのか考えるべき。中国道、中国府になっても、下関はゲートウエイであるだろう」「一つの行政区として、最終的に関門府となるのは難しい」「連携の仕方をもっとフルに活用することで、お互いに目的とする成果は得られる」と突き放した意見を繰り返し述べた。
一方、下関市側の委員からは「現状に対するフラストレーションや危機感を持っている」「『関門バーチャルシティ』は行政が言わなくても住民は以前から実践している」と、いつまでも連携に留まることに対する苛立ちの声が出た。「今は新しい時代への正念場。道州制で地域が広域的なまとまりを持つほど『境界』が重要性を帯びる」「道州制自体が大きな法律の変化であり、道州制の議論を機に特別市も考えるべきだ」。重渕氏に特別市の実現困難を突かれれば、「西日本州として、九州・中国・四国が一緒になれば、関門統合に誰も文句を言わなくなる」と開き直りも聞かれた。
関門特別市は道州制の枠組み論から派生した提案であり、山口県がその帰属をめぐって中国地方と九州地方のあいだで揺れ動いている今からこそ、実現が可能になる。広島中心の中国州は山口県が帰属しなければ岡山中心の中四国州に対抗できない。熊本中心の九州道は山口県が帰属すれば地理的中心を主張できない。双方の勢力は自らの中心性を確保するために枠組みを確定させたがっており、関門特別市は両者を隔てることで枠組みを確定させることができる。道州制の枠組みが決まってからでは、関門特別市は周囲の賛同を得られない。
第一回会合では重渕氏を除いて関門海峡道路の建設推進では意見が一致した。関門国道トンネルと関門橋が関門都市圏を通過する車両によって占有されているのに対し、関門海峡道路は関門市民のための生活道路になる。「相互補完にはそれを支える交通網が必要。それなしで(関門特別市は)実現できない」(藤井康雄氏)。しかしこの関門海峡道路に関しては、共産党九州・沖縄ブロック選出の仁比聡平議員が参議院予算委員会で中止を訴え、国土交通省は関門海峡道路を含む「海峡横断プロジェクト」を棚上げする方針を固めた。
仁比議員は北九州市出身だが、福岡市に活動拠点を移している。第二回会合では改めて関門海峡道路が取り上げられるとみられるが、関門特別市構想は呼びかけた北九州市側で関門都市圏の自立よりも福岡都市圏への従属を志向する福北連携論者の意見や活動が目立ち、第二回の結果いかんで冷や水を浴びせられた下関市側が引いてしまう恐れもある。