全国屈指の好景気を反映して、北九州市内への大規模小売店舗の出店が盛んだ。2006年3月末時点の届出数は16件もあり、市区町村単位では全国最多となった。東京23区で12件、東京都全体でも25件なのだから、北九州市の突出ぶりが際立っている。
※数字は店舗面積
出店が目立つのは小倉東インター地区(上葛原)だ。この地区は北九州市が「交通・物流拠点都市づくり」を推進するために造成し、流通業務施設や卸売商業施設の誘致を目的とした。しかし現実は無節度な郊外商業開発の最前線になっている。

小倉東インター地区は2005年に開業したサンリブシティ小倉(店舗面積2万6000㎡)が呼び水となり、郊外店舗の集積が進んだ。先行したサンリブシティ小倉、コジマNEW小倉東インター店(店舗面積3500㎡)、ホームセンター ニトリ小倉南店(店舗面積5117㎡)はそれぞれ目抜き通りに立地したが、2006年12月にスーパースポーツゼビオ小倉東インター店が奥の区画に陣取り、沿道型商業から商業団地へと面的な変容を遂げ始めた。大型物販店一辺倒ではなく、医院を集めた複合施設や飲食店なども区画道路沿いに出現し始めている。
まちづくり三法の改正により郊外への大型店進出は規制強化された。小倉東インター地区はこの法改正がいかに無力かを示す悪例だ。北橋健治市長は「美しきコンパクトシティが目標」と言うからには、郊外の準工業地域に規制の網をかけなければならない。
加えて、1万平米を超える店舗を規制するだけでは、都市機能の郊外流出は阻めない。小倉東インター地区ではわずか3年程度で店舗面積にして約6万平米が生じた。1万平米以下でも専門店が集中出店すれば、一大ショッピングセンターと同じか、それ以上の影響がある。総量規制が必要だろう。
下曽根駅南口の土地区画整理事業では、駅前が商業地域と近隣商業地域に指定され、目抜き通り沿いが第1種住居地域、奥の街区が第1種中高層住居専用地域に指定された。住宅市街地を形成するのが目的だったから、用途地域によって店舗立地を制限し、無節度な商業開発を阻んだ。ところが小倉東インター地区は全体が準工業地域であり、どの区画も無制限に商業開発できる。これは法改正後も変わらない。
小倉東インター地区が商業団地化した責任の大部分は、土地区画整理事業により郊外の好立地に準工業地域を造成した行政にある。北九州市はこれまでもイオン若松を工場跡地に誘致するなど、行政主導で都市の拡散・希薄化・解体を推進してきた。行政が基本的な態度を改めなければ、昨今の郊外での雇用創出と相まって、郊外の乱開発に拍車がかかるばかりだ。