関門通信

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末吉興一市長が退任、北橋健治市長が就任

北九州市の末吉興一市長が19日をもって市長職を退任した。1987年2月20日に第7代市長(3人目)として就任して以来、5期20年続いた末吉市政は幕を下ろし、20日に第12代市長(4人目)として前民主党衆議院議員の北橋健治氏が就任した。

末吉市長と北九州市の20年間を振り返った。

末吉市政の20年

1987年

  • 第7代市長に前国土庁土地局長の末吉興一氏。
  • 第1回国際鉄鋼彫刻シンポジウムを開催。
  • 第1期北九州ミズ21委員会が発足。

1988年

  • 第1回わっしょい百万夏まつりを開催。
  • 第1回北九州国際音楽祭を開催。
  • 北九州市ルネッサンス構想を策定。

1989年

  • 久岐の浜シーサイドまちびらき。
  • ひびき動物ワールドが開園。
  • ペンシルバニア大学の誘致が不調に終わり、国際東アジア研究センターを開設。
  • 北九州市ルネッサンス構想第1次実施計画を策定。

1990年

  • (経済)バブル崩壊。
  • 北九州コンベンションビューロー設立。
  • 若戸大橋を4車線化。都市高速道路2号線が開通。
  • スペースワールドが開園。
  • グローバル500受賞。
  • 北九州国際会議場が開業。

1991年

  • 第1回自分史文学賞を開催。
  • 第8代市長に現職の末吉興一氏。2選。
  • 北九州(曽根)空港を時限的に開港。定期便の再開。
  • 北九州道路・北九州直方道路を北九州都市高速道路として一元管理。
  • 第8回全国都市緑化北九州フェアを開催。

1992年

  • 第1回パラグライダーワールドカップを開催。
  • 全国都市緑化北九州フェア跡地にグリーンパークが開園。
  • 臨海部工場・港湾施設等色彩基本計画「カラールネッサンス北九州」を策定。煙突がおしゃれに。
  • 地球サミットで国連地方自治体表彰を受賞。環境首都の機運芽生える。
  • 国連宇宙大学の誘致を目指し、国際宇宙大学'92夏期講座を開催。

1993年

  • 国の掛け声倒れ事業FAZ(輸入促進地域)に指定。
  • 新門司の埋立地売却を目論んで九州自動車道に新門司インター設置。

1994年

  • (経済)日銀短観の全産業指数-40。平成不況の一番底。
  • 東田総合開発が着工。
  • 北九州市ルネッサンス構想第2次実施計画を策定。
  • 新北九州空港が着工。

1995年

  • 第9代市長に現職の末吉興一氏。3選。
  • 門司港レトロまちびらき。
  • 山田弾薬庫跡で山田緑地が開園。

1996年

  • 響灘環黄海園ハブポート構想を策定。
  • 北九州市学術研究都市第1期工事が着工。

1997年

  • 国際鉄鋼彫刻シンポジウムの成果として現代美術の大学院相当機関、CCA北九州を開設。
  • 新北九州空港連絡橋が着工。
  • エコタウン事業の承認を受ける。
  • 響灘ハブポートが着工。

1998年

  • 耶馬溪ダムからの導水路が完成して給水開始。
  • 小倉駅の新駅舎が開業、モノレールが乗り入れる。
  • 水道・下水道料金がコンビニで支払い可能に。
  • 松本清張記念館が開館。
  • 北九州メディアドームが開業。「マルチメディア」は即席で時代遅れに。

1999年

  • 火野葦平の旧居「河伯洞」一般公開を開始。
  • 第10代市長に現職の末吉興一氏。4選。
  • 戸畑駅の新駅舎が開業。
  • 門司港第一船溜で海峡プラザが開館。
  • 北九州市長と福岡市長が初の定期会談。都市間競争の敗北を認めて福岡追従始まる。
  • 北九州市環境影響評価条例を施行。
  • スペースワールド駅が開業。
  • 総合保健福祉センター「アシスト21」が開館。
  • 環境庁の地球環境戦略研究機関の誘致が不調に終わるも、北九州事務所を開設。

2000年

  • 北九州市ルネッサンス構想第3次実施計画を策定。
  • ひびきコンテナターミナルの整備・運営にPFI(公共事業の民間活力導入)方式を採用することを発表。
  • 平尾台自然観察センターが開館。
  • 北九州都市高速道路1号線の横代~長野間(1.5km)が開通。
  • 新日鐵が河内貯水地の「南河内橋」(後に国重要文化財)を北九州市に無償譲渡。
  • アジア・太平洋環境大臣会議in北九州を開催。
  • 北九州フィルムコミッションを設立。映画やドラマの誘致始まる。
  • 河内温泉「あじさいの湯」が開館。
  • 陣原駅が開業。

2001年

  • 長崎街道木屋瀬宿記念館が開館。
  • 北九州学術研究都市第一期大学街区まちびらき。
  • 北九州高速5号線の枝光~大谷間(2.4km)が開通。巨額事業費が都市高の経営を圧迫。
  • 北九州博覧祭2001を開催。遊びの要素なく集客に苦戦し、無料券をばら撒いて赤字18億5000万円。
  • 門司港レトロナイトファンタジーを開始。
  • 下関市とともに関門景観条例を施行。
  • コムシティ開業。商業施設は1年半で破たん。

2002年

  • (経済)日銀短観の全産業指数-36。平成不況の二番底。
  • 北九州博覧祭で前利用した環境ミュージアムが恒久施設として開館。
  • 黒崎再生10年計画を発表。
  • いとうづゆうえん跡地で到津の森公園が開園。
  • ウェルとばたが開館。
  • 紫川十橋で税金の無駄づかいと批判を浴びた紫川マイタウン・マイリバー事業が「土木学会技術賞」受賞。
  • 2002年世界車椅子バスケットボール選手権大会・北九州を開催。
  • ヨハネスブルグ・サミットにおいて「地球サミット2002持続可能な開発表彰」授賞。

2003年

  • 第11代市長に現職の末吉興一氏。5選。
  • 西小倉駅の新駅舎が開業。
  • 学研都市で早稲田大学大学院情報生産システム研究科、北九州市立大学大学院国際環境工学研究科を開設。
  • リバーウォーク北九州が開業。
  • 平尾台自然の郷が開園。
  • 海峡ドラマシップが開業。
  • 九州鉄道記念館が開業。
  • スターフライヤーが神戸から北九州に本拠地変更。新北九州空港から悲観論が消えて、楽観論が蔓延す。

2004年

  • ひびきコンテナターミナルの運営会社を設立。資本金を74.4%削減してやる気なし。
  • 門司駅の新駅舎が開業。
  • 北九州市ルネッサンス構想第3次実施計画・改訂版を策定。
  • 旧古河鉱業若松ビルが開館。市民の募金活動実る。
  • まち美化でギネスに挑戦。史上最大のごみ拾い大作戦。
  • 環境首都創造会議で「環境首都」を実現へ向けた大綱を策定。
  • PCB処理施設(第1期施設)が開業。

2005年

  • 北九州市の人口、100万人割れが定着。
  • ひびきコンテナターミナルが開港。入港船舶なし。
  • スペースワールドが加森観光に営業譲渡。
  • 若戸大橋を道路公団から引継ぎ、通行料金の値下げ決める。

2006年

  • (経済)日銀短観、北九州が全国最高。
  • 新北九州空港が開港。関連事業も相次いで竣工。

2007年

  • 将来の道州制を睨んで関門特別市構想を披露。
  • 後継指名した柴田高博氏(前、国土交通省 都市・地域整備局長)が市長選で敗北を喫す。

末吉市長から北橋市長へ

末吉市政は北九州市の構造不況のどん底で誕生し、就任から退任までの20年間はバブル崩壊から平成不況までの期間と重なる。条件としては、この上もなく厳しかった。

末吉氏は就任後、まずは即効性のある祭りやイベントで疲弊しきった地域を盛り立て、次いで中長期計画となる「北九州市ルネッサンス構想」を策定した。国との太いパイプを生かし、自らの懐は痛めず国の財源で大開発に邁進する手法は、全国首長の垂涎の的だった。

ただ、末吉氏の開発事業は1980年代以前の発想によるものが多く、種まきを終えて芽吹く頃には、時代に逆行するものがままあった。たとえば、郊外の学研都市造成は北九州の求心力低下や大学の都心回帰にあまりに無頓着だった。ひびきコンテナターミナルやコムシティのように、事前に不振を察知しながら手をこまねいて、傷口を広げた事業も散見する。

末吉氏の後継者ではない北橋氏にはしがらみがない。「教育、福祉、子育てで日本一を目指す」と生活者寄りの市政を強調するのは結構だが、北橋氏は好む好まないとは無関係に、末吉氏が20年のあいだ積み上げた膨大な開発事業をすべて相続しなければならない。どの事業を育て、どの事業を間引くかは、新市長の判断に委ねられている。

市の予算規模からみれば些事にもならない退職金辞退や市長公舎売却で、いつまでも市民の気が引けると考えているのなら間違いだ。政治家のパフォーマンスではなく、今日からは市長として行政手腕を発揮することが期待される。

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