関門通信

論説

北九州の近代化遺産 編集者・庵田氏に聞く

北九州の近代化遺産

北九州に眠る近代化遺産60項目を詳解した『北九州の近代化遺産』が2006年12月に出版された。ひさびさの北九州本の登場は大手新聞で大きく紹介され、好評を博して初版2000部はまたたく間に売り切れた。

本書は庵田綏宇氏の論文「北九州市における産業観光振興策」に触発されて刊行を思い立ったという。この庵田氏に本書にまつわる話や北九州の近代化遺産の近況について尋ねた。(聞き手 すいか)

産業観光

――本書刊行のきっかけとなった「北九州市における産業観光振興策」は、どのような論文ですか。

もともとは北九州産業技術保存継承センター設立準備室から研究受託を受けた報告書でした。担当の方が拙サイトの近代化産業遺産総合リストに興味を持ち、私に話が回ってきた次第です。

編集代表が主に興味を持ったのは付録の「産業遺産リスト」でした。私としては本文で提示した産業観光モデルコースに一番力点を入れたのですけどね。提出した市のセンター担当もころころ変わり結局お蔵入りされてしまっています。今回別の形で日の目を見ることとなり、報告書も喜んでいることでしょう(笑)。

――産業遺産や土木遺産に多くのページを割いています。北九州市の産業観光についてどのようにお考えですか。

これは市全体に言える話ですが、どうも宣伝下手という感がぬぐえません。ガチガチの工場見学では面白くありません。食の遺産や詩・小説から見る産業遺産もあってもいいと思います。

市は勉強観光という名称を用いてきましたが、訪れる人間にとっては、やはり心躍る観光的な要素の方が印象に残りますよね。これからは観光地として非日常空間を体験させ、楽しませる工夫が必要でしょう。そういった意味で魅せ方に難があるのだと思います。

一番大切なことは、私たちひとりひとりが自分の住む地域に興味をもち、良いところは紹介する姿勢ではないでしょうか。見知らぬ土地に来て、タクシーに乗って「この街の見どころは?」と聞かれたときに、「うちには何もないです」では、観光も何もあった話ではないですよね。

今回の出版企画には、こういった姿勢を少しでも変えることが出来れば、という思いも込められています。

無名の近代化遺産

――本書では門司港レトロのような有名どころも扱っていますが、無名の近代化遺産に対する強い愛着が見て取れます。「著名な建造物だけが近代化遺産ではない」(まえがき)という発言が象徴的です。無名遺産の調査は苦労が多かったと思いますが、なにがもっとも印象に残っていますか。

「北九州市における産業観光振興策」作成を含めれば、3年近くの作業となったわけですが、その期間の中で一番の印象、というよりも自分自身を大きく変えた物件は、やはり小倉警察署庁舎です。

それまで既存書籍で発表されていることは、十分な検証の上、確定している事実と受け取っていたのですが、こちちの調査の際に発見した棟札などで得た「新事実」は、それまでの自分が持っていた事前情報を完全に覆したものでした。いわば、「物に即して考え、検証する」という産業考古学が本来持っている学問の姿勢を再認識した出来事でした。

今回の出版企画に際し独自に調査した物件の中でいえば、やはり日本油脂工業若松工場でしょうか。スケジュールの厳しさもありましたが、自分の中で全く認識していなかった物件であったことも驚きでしたね。

――北九州は近代化遺産の宝庫ですから、未知の遺産を発見する楽しみがありますね。一方で、既知の建造物の解体撤去は後を絶ちません。庵田さんが記事を担当した麻生商店が2006年末に解体撤去されました。

所属する北九州COSMOSクラブが最初に建物のCAD化に取り組んだ建造物でしたので、複雑な心境です。解体後はお決まりのパターンでマンションが建設されるのですが、おおよそこのような場合では、建てることだけ決めて「どのような建物(意匠・構造など)を造る」、「どのように内部を構成させる」といったところに配慮を欠いています。

若松南海岸通りでは景観アドバイザーの助言に基づいた建築誘導を行うことになり、今回のケースが最初の適用物件となるのですが、案の定、当初計画は造りやすい建物構成(1階が駐車場で通りからは大きくセットバックし、階数を稼ぐ手法)を重要視したものだったようで、アドバイザー担当の先生も随分憤慨したそうですよ。

――浅野セメント門司工場も更地化が決まりました。跡地の利用計画があるわけではなく、単に危険だから除去するそうですが、志免炭鉱竪坑櫓軍艦島のように見守り保存はできませんか。

廃墟(的文化財)の保存に関しては、廃墟の知名度と行政の理解度が大きく影響してきます。志免炭鉱竪坑櫓、端島(軍艦島の正式名称)ともに知名度は抜群ですから、行政も重い腰を上げざるを得ませんでした。浅野セメントはその点絶望的に知られていませんね。市の文化財担当も重要視していないようです。

市の姿勢は何も特別なものではなく、日本の文化財行政全体が抱える問題でもあるのです。学芸員資格を取ることの出来る分野が美術系もしくは考古学に限られていることが多く、建築・土木に関心を持ち造詣の深い人間が行政の担当に配属される可能性が自然と少なくなっているのです。

現在こそ「近代化遺産ブーム」に近い状況となっているが故に、自然と配慮するケースも各地でありますが、このブームが去った後の行政の対応がかなり気がかりです。その前に私が市の学芸員になれればいいのですけどね(笑)。

私の担当物件は今まで紹介されていない、あるいは重要視されていなかった物件が多く含まれていますので、記事項目の中では一番解体撤去される危険性が高いのです。

――他に解体撤去の危機に瀕している建造物はありますか。

今回の詳細紹介項目に挙げている中では、東京製綱小倉工場若松築港港銭収入所見張所、園山呉服店、それから何と言っても折尾駅ですね。

昨今の建造物は30~20年サイクルで建て替えを行っていますので、昨年から取り毀しの第二次ラッシュ期(第一次は高度成長期)に入っているようです。

――売却する側が換金したいと申し出ているのに、保存を求める側は文化的価値を訴えて説得を試みます。両者にはすれ違いがあるように思います。三宜楼では募金活動を行うなどして保存する側が歩み寄りましたが、募金で救える建造物は数が限られます。空き家になったら撤去する前に、基金、補助金、応急の用途などを選択できる仕組みが必要ではありませんか。

首都圏などマスコミでの取り扱いが盛んなところでは、日本ナショナルトラストをはじめとした民間組織による積極的な活動が行われています。関門北九州圏でもこういった活動を行いたいのは山々ですが、いかんせん、企業サイドによる支援の期待が持てません。行政についても先ほどお話ししたとおりです。

大牟田市では、大牟田市近代化遺産保存活用基金条例というものができました。現在近代の建造物が遺りづらいのは、法規的な問題と経済的な支援が得られないことが大きく関わっています。北九州市にも同様の措置を期待したいところです。

展望

――2007年の予定などをお聞かせください。

2月3日に萩で九州近代化産業遺産の世界遺産登録を目指したシンポジウムを行います。これには九州伝承遺産ネットワークの一員として、陰ながら参加支援します。

また11月10・11日に産業考古学会全国大会を北九州に誘致します。こちらの準備も大変ですね。出版企画の「続編」もここまでにできればよいのですが。

――続編ですか。

北九州を紹介する今回のやり方で他の地域も紹介して欲しい、との出版者からの要望があり、そちらの出版準備に取り掛かりました。まだ企画段階ですが、福岡市とその周辺(宗像から筑紫野市あたり)を想定しています。

――『北九州の近代化遺産』は、現時点では購入したくても在庫がありません。

さっそく増刷の手続に入りました。二刷では誤字の修正のほか、麻生商店が解体された旨を記載し、巻末の「北九州の近代化遺産一覧」を改訂しました。1月23日までに1500部が市場へ行き渡ると思います。

専門書の色合いが強い本でしたので、売れ行きが多少心配でしたが、皆様のおかげで何とか増刷にこぎ着けることができました。これからもよろしくお願いします。

――ありがとうございました。今後ますますのご活躍をお祈り申し上げます。

庵田 綏宇(いおた すいう)
九州大学大学院人間環境学府博士課程(産業考古学)。
『北九州の近代化遺産』執筆(遺産詳解16項目及び一覧)及び編集担当。
http://heritage.blog.shinobi.jp/
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