関門海峡を隔てて相対する下関市と北九州市は、それぞれが山口県と福岡県から離脱して「関門特別市」を創設するため、2007年度に合同研究会を設置することになった。特別市は「道州と同等の権限を持つ自治体」で、県から離脱するだけでなく、将来の道州にも所属しない。
合同研究会は、下関市、北九州市、関門連携委員会(中国経済連合会と九州経済連合会の関門部会)、下関商工会議所、北九州商工会議所、下関市立大学、北九州市立大学の幹部で構成し、2年後をめどに報告書をまとめる。
下関と北九州の合併構想は、1899年に英国大使アーネスト・サトウが下関に英国領事館を設置する必要性を本国政府に上申したときに、地元の話として報告したのが最初の記録だ。関門地域に六つの都市が存在した戦前は「関門北九州市長座談会」などを通して親睦が図られた。しかし1963年の北九州市発足は県境に阻まれた下関市が参加できず、関門地域の統一は将来に持ち越された。
この時期に関門合併がふたたび持ち上がった背景には、2006年2月に発表された地方制度調査会の「道州制のあり方に関する答申」がある。この答申で示された区割り案は、3案ともに関門都市圏の実態を無視して関門海峡に境界線を引いた。これに危機感を募らせた下関市長と北九州市長が昨年11月の定期会談で従来の「連携」から「合併」へと舵を切った。
国土交通省が2008年度をめどに作成中の新しい国土形成計画の広域地方計画では、北九州市は中国地方と九州地方の協議会に正式参加する。下関市は中国地方の協議会に正式参加するが、九州地方の協議会にも立ち会う。広域地方計画は道州制区割り案の原案になる可能性が強いことから、これに一石を投じる狙いもありそうだ。