関門通信

論説

三宜楼公開 まちづくりと観光の融合は叶うか

9月10日に北九州市門司区清滝の旧料亭三宜楼(さんきろう)が一般公開された。

三宜楼は昭和6年に竣工した木造3階建ての料亭建築で、昭和40年代まで営業されたあと、一時間貸しされていた時期を経て個人住居となっていたが、2004年に家主が逝去されてからは使用されていない状態が続いていた。

当日は曇りがちの天候にもかかわらず1093名もの見学者が訪れ、港町の栄華を伝える80畳の大広間や3階から臨む関門一帯の景色を堪能した。

今回の一般公開に先立ち、NHKでは8日夕方および9日朝の時間帯に分け三宜楼から生中継を行い、また清滝周辺の各家庭に一般公開のチラシを配布するなど、地元の住民に向けて建物の素晴らしさを伝えようという姿勢がみられた。

これには同建物が現在存続の危機にあり、建物土地の買収を目指す募金活動が行われているという背景がある。募金目標額は3600万円であるが、一般見学を主催した団体「門司港コミュニティ」の話では、9月現在目標額の半分にも届いていないという。

レトロ事業の功罪

門司港レトロ事業は、門司港駅舎および大阪商船門司支店の保存運動と港湾整備とが相まって始まった、行政側が積極的に主導権を担って進められた観光事業である。ここ10年で年間200万人を超える見学者を集めるまでに至り、昨今の観光地の中では成功事例の一つとして、各種業界紙などでも多く紹介されているが、観光地としての回遊地域が海岸線と国道を挟んだ狭い範囲に限られてしまい、地元住民からは観光化に対する懸念からか冷ややかな態度で見られることも少なくなかった。

さらにここ数年門司港では本来観光の売りであるはずの近代建築の取壊しが相次いだ。旭湯(2005年4月解体)、エポック旧本社(同年5月解体)、明治屋門司支店(同年7月解体)、福吉米穀店(2006年初め解体)、二十三銀行門司支店(2006年3月解体)、梅の湯(同年6月解体)など。法人レベルの景気回復意識に連動して、不動産の流動化および地元住民によるマンション需要が活発になったことが原因として挙げられる。

一方、地元による建物の保存運動は煉瓦造の旧三菱倉庫解体以降、目立ったものは起こっていない。この三宜楼保存運動は「近代的」雰囲気を売り物にしている観光地として、その存続をかけた自発的な運動であるいえるし、またこれまで門司港周辺域がレトロ事業と連動したまちづくり活動を行えなかったことに対するある種の反動とも考えられる。

三宜楼が門司港レトロ事業でこれまで整備されてきた建物群と大きく違う点は、国道3号線を挟み商店街側にあり、料亭として地元はじめ多くの方々に利用されてきたことである。門司港駅舎はじめ数あまたの保存運動にも見られてきたように、建物の保存運動はその建物が多くの思い出と限りない愛着を持つ多くの人々を持つかどうかにかかっている部分がある。その意味で住民の生活の場に近い三宜楼は、門司港がそれまでの観光地と生活空間との分断を改善させることに十分たる役割を持つと言えよう。

保存のための募金活動は10月末まで続き、それに伴うシンポジウムも予定されている。レトロな観光地が既存市街地と共存繁栄することができるか、これからの動向に注目が集まる。

庵田 綏宇(いおた すいう)
工学修士。近代地域史学・産業考古学専攻。
http://www.geocities.jp/iota_titanus/

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