北九州(曽根)空港の閉港式が15日に行われ、国や地元の関係者約160人が参列した。末吉興一・北九州市長が「定期便復活の初日第1便が霧のため福岡空港に到着した。生まれ変わる新空港に夢を乗せたい」と思い出話を披露し、新空港への期待を寄せた。
北九州空港は1944年に旧帝国陸軍の戦闘機基地として開港した。第二種空港指定は1958年。滑走路が1500メートルしかなく、ジェット機が離着陸できなかったことや、山陽新幹線開通の影響を受けて、1983年に定期便が全廃された。
1988年に新北九州空港開港までの時限措置として再開が決まり、滑走路を100メートル延長して小型ジェット機が離着陸できるようにした。これを受けて1991年に日本エアシステム(当時)が羽田線を1往復開設した。
しかし1600メートル滑走路に離着陸できる機材は数に限りがあり、1日5往復が限度だった。また、三方を山に囲まれた立地は悪天候に弱く、再開当初は4便に1便の確率で欠航した。暫定供用にもかかわらず進入路指示灯を設置するなど手段を尽くしたが、それでも20便に1便は欠航便が出る「使えない」空港だった。
夕方行われた閉港式には、谷本章二・北九州空港長が挨拶し、19時40分発の最終便は地上スタッフら約30人が見送った。多くの市民や航空ファンが詰めかけるなか、北九州空港は20時35分の到着便をもって62年の幕を閉じた。新北九州空港は16日7時に羽田への第1便が離陸する。