関門通信

広告

論説

関門はリストラ 旧第四港湾建設局を廃止

国土交通省九州地方整備局港湾空港部(下関市)は27日、2006年11月をめどに福岡市の本局へ移転することを確定した。港湾空港部の約170名のうち、港湾保安対策要員13名を残して約160人が福岡第2合同庁舎へ移る。

13名を残すのは、港湾保安対策における重要な施設が関門地域に集中することと、海事関係機関との緊密な連携が必要なため。関門が港湾の最重要拠点であっても、移転阻止はかなわなかった。関門とともに歩んだ旧四建は、95年の歴史に幕を下ろす。

省庁再編と第四港湾建設局

下関の港湾空港部はかつて運輸省第四港湾建設局という組織だった。運輸省港湾建設局は、一建(新潟市)、二建(横浜市)、三建(神戸市)、四建(下関市)、五建(名古屋市)の5局体制で、四建は神戸以西を所轄した。

2001年1月の省庁再編により建設省や運輸省などが統合されて国土交通省が発足し、他とは所轄区域が異なる港湾建設局がリストラの槍玉に挙げられた。四建はこのときに所轄区域を九州地方整備局港湾空港部と中国地方整備局港湾空港部に分割され、さらに九州地方整備局に併合されて力を失った。

1年後の2002年1月、国土交通省は下関の港湾空港部を福岡市の本局へ移転することを決定し、福岡市で新庁舎の建設に乗り出した。門司にある九州運輸局海運部門も移転対象で、同時期に福岡市の本局へ移転する。これにて四建と関門のリストラが完了というわけだ。

関門の視点が消える

関門が西日本の中枢拠点だった時代は、四建の所轄区域が関門の経済圏だった。関門が金融中心地だった時代に存在した日本銀行西部支店も、四建とほぼ同じ範囲を所轄した。中国と九州を股にかけた枠組みが中国地方と九州地方に分割され、関門は双方の谷底にある僻地へ転落した。

旧第四港湾建設局は最後まで残った関門の中枢拠点機能であり、関門にとって重要な存在だった。わが国はあいかわらず官主導の許認可経済の側面が強い。そして、人間は自らの立脚地における視点でしか物事が見えない。

官僚が関門に立脚し、関門の視点で港湾や空港の整備方針を考えるのは有益だった。新北九州空港は第四港湾建設局の存在なくして実現しなかった。擁護者を失った関門は、港湾や空港の分野でもこれからは一人称ではなく三人称の扱いになる。

継子扱い

海運では現実に不利益が生じはじめた。九州運輸局は下関港と北九州港の統合という半世紀にわたる懸案を放り出して、北九州港と博多港の連携による「スーパー中枢港湾」指定に躍起だ。北九州港と博多港の連携は、港湾整備の主力を北九州港から博多港へ移転させる口実として利用されるだけだ。

同局は新福岡空港建設でも積極的に立ち回っている。国土交通省、福岡県、福岡市らでつくる調整会議は、福岡県民から募った117件の賛成意見を根拠に「県民らと共通認識が得られた」と結論し、新福岡空港を国の次期社会資本整備重点計画(2008年~12年度)に盛り込む方向で準備を進める。四建の愛子だった新北九州空港も、いまは継子扱いだ。

広告

管理

関門通信は参加型のニュースサイトです。だれでも自由に記事を投稿できます。
Nucleus CMS v3.24 | ©2009 Kanmon Tûsin. Morrie & Co. All rights reserved.