嘉穂北部1市4町(飯塚市、穂波町、筑穂町、庄内町、頴田町)と南部1市3町(山田市、稲築町、碓井町、嘉穂町)は8日、福岡県の麻生渡知事に廃置分合(合併)を申請した。今後は県議会の議決、知事の決定を経て、総務省が告示する。発足は新「飯塚市」が2006年3月26日、嘉麻市はその翌日。
嘉穂南部1市3町は2月28日に合併調印式を行い、3月3日にそれぞれが臨時議会を開いて合併関連議案を賛成多数で可決した。
新市は新設(対等)合併で、名称は「嘉麻市(かまし)」。面積135.18平方キロ。人口4万8378人(2000)。新市の事務所の位置は当分のあいだ本庁を碓井町役場とし、福祉事務所を山田市役所、水道局を稲築町役場、教育委員会と農業委員会を嘉穂町役場に置く。本庁以外の庁舎については総合支所とする。新庁舎に関しては、建設の是非や位置を含めて新市において検討する。議員66人に関しては在任特例を適用し、2007年4月30日までは引き続き新市の議会議員として在任する。新市の議員定数は26人。
嘉穂北部1市4町は3月2日に合併調印式を行い、3月7日にそれぞれの議会で合併関連議案を賛成多数で可決した。
新市は新設(対等)合併で、名称は「飯塚市」。面積214.13平方キロ。人口13万6701人(2000)。事務所の位置は当分のあいだ飯塚市役所とし、旧市町には総合支所を置く。新庁舎の建設位置は穂波町内とする。議員91人に関しては在任特例を適用し、合併の日から2年間は引き続き新市の議会議員として在任する。新市の議員定数は34人。
嘉飯山の合併は2002年8月に任意協議会を設置したのに始まる。2003年3月には法定協議会へ移行。しかし2004年6月に桂川町が合併協議会から離脱し、庄内町もこれに追従する意向を示したため、同9月に法廷協議会は解散した。
現在の嘉飯山は大都市郊外の側面が強く、飯塚市(と穂波町)主導で協議が進むことへの反発が背景にあった。10市町は飯塚市中心にまとまっているとはいえず、協議では各市町の思惑がぶつかり合うばかりで意見の一致をみなかった。大同合併の破綻は想定の範囲内だった。
稲築町、碓井町、嘉穂町の3町は、10市町の枠組みが破綻する1ヶ月前に勉強会を設置。これに山田市が加わって破綻から約1ヵ月後の2004年11月5日に正式に合併協議会を設置した。約半年の短期間で一から精力的に協議をこなし、2月末に全項目を承認した。ただし、合併特例法の期限が迫っていたことから、意見が対立する可能性のある問題には立ち入らなかった。各市町にばらばらに機能を分散し、将来の本庁舎の位置に関しても先送りにするなど、嘉麻市は新市の発足後に難しい問題に直面しそうだ。
一方、飯塚市、穂波町、筑穂町、庄内町、頴田町は2004年12月13日に合併協議会を設置。嘉飯山10市町での協議を踏まえて約3ヶ月で6回の協議をこなし、全項目をほとんど異議なく即決で承認した。
嘉飯山の枠組みを壊した桂川町は10市町の破綻後に住民調査を実施し、住民の過半数が飯塚市を中心とした1市4町との合併を望んでいることを確認。改めて合併協議に参加を申し入れたが、時間的な余裕がないことなどからすげなく断られ、町長が責任を取って辞任した。さらに町議会解散の是非を問う住民投票が実施され、「解散に賛成」が多数を占めた。
出直しの町長選と町議選は1月16日に行われたが、当面は単独で行財政改革を行うほかない。嘉飯山で唯一合併できなかった町は苦悩を深めている。