関門通信

広告

主要

ダイハツ車体の大分中津工場が操業開始

ダイハツ車体(本社、中津市)の大分中津工場が20日に竣工した。工場内で安全祈願祭が執り行われたのち、大分県の広瀬勝貞知事ら約200名が参加して披露宴が開かれ、ダイハツ工業(本社、大阪府池田市)の山田隆哉社長が「世界一の高品質と低コストの車づくりを目指すダイハツグループ全体の夢を託した工場です」とあいさつした。

ダイハツ工業は1991年に中津市への進出を表明した。同社100%出資の生産子会社を前橋から中津へ移転させたのは、前橋工場の老朽化のせいもあるが、内陸立地で生産効率の向上や輸送経費の削減に限度があったからだ。中津を選んだ理由は、内貿に便利な瀬戸内海に面した港があることと、人材確保が容易なことが挙げられる。

ダイハツ車体の前橋本社・工場は11月末に閉鎖した。新しい本社・工場は重要港湾に昇格した中津港そばの今津干拓地に立地する。新本社工場は敷地面積130万平米。延床面積約8万平米。新工場はプレス・車体・塗装・組立を担う完成車工場で、当面は軽商用車「ハイゼット」などを年間15万台生産する。従業員数約1000名。事業費は土地・造成費用を除いて400億円。

操業を開始したダイハツ車体・大分中津工場(ダイハツのホームページから引用)

前橋では

ダイハツ車体は前橋市が1960年に誘致した企業だ。本社工場は前橋駅南西という市の中心部に立地し、市の生産出荷額の約14%を占めた。正社員950名ほか合計1260名が働き、下請けは68社、孫請けも相当数に及んだ。移転では異動に応じられない従業員が多数退職したほか、下請けは切って捨てられた。

前橋市や群馬県はダイハツ車体の撤退が「地元経済や雇用に重大な影響を与える」としながらも、打つ手立てがなかった。ダイハツは前橋撤退に際して地元と事前協議を行わなかったため、前橋では大きな遺恨を残した。

自動車生産100万台体制へ

北九州工業地帯には現在、日産自動車九州とトヨタ自動車九州の完成車工場があり、2003年の自動車生産は日産が約53万3000台、トヨタが約28万4000台の合計約81万7000台。ダイハツが2005年から15万台を上積みし、トヨタは2005年9月に生産能力を年産43万台へ引き上げることから、2006年には3生産拠点で110万台前後の生産規模になる見通しだ。

北九州地区は15日発表の日銀管内短観で製造業の業況が+28という全国でも群の抜く数値を出した。今後も製造業を中心に設備投資が続くことから、いまの景況が当面は続くと見込まれる。

広告

管理

関門通信は参加型のニュースサイトです。だれでも自由に記事を投稿できます。
Nucleus CMS v3.24 | ©2009 Kanmon Tûsin. Morrie & Co. All rights reserved.